図書館と博物館

いま台風が日本列島を縦断していますが、皆さんにおかれまして被害はなかったでしょうか。お見舞いを申します。

職場の近所に市役所と中央公民館と図書館と博物館がある。

図書館は週に1回くらい行って読んだ本を返して、次の面白そうな本を借りてくる。

雑読であるけど読むジャンルは歴史小説が多い。

今読んでるのは黒岩重吾が書いた物部本家の石上朝臣麻呂(いそのかみのあそんまろ)が主役の「闇の左大臣」で、けっこう面白い。

図書館の隣が博物館で今は伊丹台地に刻まれた開発の歴史で平成21年度 秋季企画展として「古代の猪名野(いなの)」をやっている。

伊丹台地と言う説明書きを見るまで伊丹が台地であるのは知らなかった。

説明を読むと伊丹台地は宝塚・川西市街地の背景に連なる北攝(ほくせつ)山地の麓から尼崎市に向けてゆるやかに下る洪積台地とあり、北攝山地と千里丘陵、六甲山地に三方を囲まれ、東側を猪名川に、西側を武庫川に侵食され段丘崖が形成されたようである。

企画展では古代における伊丹台地の歴史を縄文・弥生時代から古墳時代までを前史として、奈良時代の山陽道の開通や条里制の施工、僧行基による池溝の開削、伊丹廃寺の創建や荘園の広がりなど詳しく遺跡などの資料を基に解説してあった。

遺跡から発掘されたナイフ形の石器から土器や埋蔵品等など・・・・・

写真で記録しておこうと係員に許可を求めたら資料集に載せてるのでそれでかわりにしてくださいとのことでした。Photo

画像は外から見た手前が図書館で奥が博物館、昨日は台風の影響で雨が降っている。Photo_2

博物館の入り口

「感謝」

「感謝」この日曜日に会った友人が持参した本のタイトルである。

サブタイトルは母が遺してくれたものとなっており、昨年の一周忌に集まってくれた人にお渡ししたとの事。 友人の兄が手作りで製本し表紙のカバーの印刷だけ専門のお店に依頼したとの話しでした。

本は扉の言葉で始まり1、短歌及び川柳(169句) 2、詩(2編) 3、エッセー(2編) 4、趣味、手芸など 5、忘れえぬこと・郷愁 6、母との思い出 7、思い出のアルバム 略歴 あとがき の70頁になっている。

借りて読ませてもらい感動したので一部紹介します。

大正7年生まれの友人の母は早くしてご主人を亡くされたが2人の男の子を育てながら短歌・俳句川柳・詩・エッセーを作り(昭和41年からの作が本の中に納められている)また趣味は十二支の人形作りや湯のみ(これは喜寿を迎えた記念に鳴門・大谷焼窯元で自作の短歌を自筆で作成し親しい方達に貰って頂いた物の一部)や、また水墨画など多数本の中に写真で紹介されていた。

顔知らぬ父に告げむと季節花 手折り墓参す赴任する吾子

久々の吾子の便りに赴任地の 紅葉一葉色添えてあり

私の好きな2句添えさせてもらいました。

写真は友人達と行った水月公園の池のカモと桜P4010091、今回はお好み焼きパーティーで昼間から盛り上がりました。 P4010093 P4010086

パンジーと庭で咲きかけたボケの花、散歩中に見つけ写した山ツツジP4030101 P4030100 P4030105

先輩

今日予定していた「現在・過去・未来の神戸 山の手・海の手まわり道」と言う、駅からはじまる朝日・五私鉄リレーウオークを雨の為、参加を取り止めるとmixiコミュニティ幹事から連絡をもらう。少し時間ができた。

この春、職場をリタイヤした先輩が先般、ご自分で本を作って持参してくれその本を読んで感銘を受けた。

タイトルは 古典&仏法[妙]

まえがき 春夜宴桃李園序 帰去来辞 仏法の理 祇園精舎(平家物語) 結言 の編で本文・通訳・解説で構成されている。

先輩は李白の詩が好きだとのことで李白の漢詩の紹介から本偏が始まっている。

春夜 桃李園に宴する序

夫(そ)れ天地は、万物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は百代の過客なり。

而(しか)して浮生(ふせい)は夢のごとし、歓を為すこと幾何(いくばく)ぞ。

古人燭(こじんしょく)を乗りて夜遊びしは、良(まこと)に以有(ゆえあ)るなり。

況(いは)んや陽春我を招くに煙景(えんけい)を以(もつ)てし、大塊(たいかい)我に仮すに文章を以ってするをや。

桃李(とうり)の芳園(しょうえん)に会して、天倫(てんりん)の楽時(らくじ)を序(つい)づ。

[通訳]

そもそも天地とは 万物を迎えて送る旅館のようなものであり、流れ去り行く月日は、永遠に旅をつづける旅人のようなものである。それに比べると はかない人生は夢のようなもので、楽しみをなすといっても、どれほどの時間があるだろうか。だから昔の人が昼間のみでは物足らず、灯火をかざして夜までも遊び楽しんだということだが、なるほどもっともなことである。まして、今うららかな春は霞たなびく春景色をつくって、われわれに遊びに来いと誘いかけるし、造化の神が美しい景色をこしらえて、われわれに貸し与えてくれているのである。今宵は、桃や李の咲きにおう花園に、親しい身うちの者たちが集まって、一族の楽しさを詩にうたうのである。

[解説]

冒頭の一節には、人生の夢のようにはかないものであるから、古人にならい、楽しめるときには昼夜をわかたず、大いに楽しむべきであり、まして一刻千金のこの春の夜に、十分に満喫すべきことが述べられている。「逆旅」は旅舎。「逆」は迎える意で、この意味のときはゲキと読む。天地は悠久に存続し、その上に広大であって、あらゆる万物を包容する。その天地を旅舎にたとえ、生滅変化してやまない万物を旅人にたとえて、旅人が旅舎に宿り、また旅立って行くさまに擬しているのである。「光陰」は時間の流れ。「百代」は永久の時間。月日はとどまることなく刻々と流れ去るもので、これをたとえれば、過去から未来へと永遠の旅路を行く旅人のようなものである。「過客」は過ぎ去り行く旅人。光陰の流れ去るのを旅人の去り行く姿にたとえたのであるが、光陰は矢のごとく、人生はたちまち終わってしまうから、遊ぶときは大いに遊んだほうがよいという意味が含まれている。

以上、一部を紹介させてもらったが、来月また忘年会で先輩を囲んで酒を酌み交わす楽しみが計画されている。写真はもらった手作りの本Pb190104

雑誌

サライの6月号を読んでいて矢萩春恵氏(1928年生まれ、書家で首相官邸に飾られた「凛」は有名であり、現在も約100人の弟子を持ち活躍中)のインタビュー記事を読んでこの文が印象に残った。

「贅沢の後に残る虚しさや、物欲の浅ましさに気付いていく。 それが年を重ねていくこと」

その年代、時代により読む雑誌も変わり、興味の対象や印象に残る言葉も変わってくる。

学生時代は朝日ジャーナルやプレイ・ボーイを読み、社会人になると週刊文集とか週刊現代、職場では週刊ダイヤモンドなど良く読んでいた記憶がある。

最近週刊誌はほとんど読まなくなり 本屋で立ち読みした時、読みたい内容が載った雑誌があればたまに買う程度になった。

後 手に取るのは理髪店、歯医者での待ち時間とか電車の中や図書館の閲覧室で雑誌、週刊誌を読むくらいかなぁ~

ここ数年ネットの情報で簡単に済ましている事も多いと思う。

 

さだまさし

先日 図書館で借りた 「眉山BIZAN」 を読む。

さだまさしは長崎出身の歌手で「精霊ながし」や「無縁坂」「関白宣言」のヒット曲があるが小説家としてもスタートをきっている。

小説は主人公の私生児 咲子が癌で亡くなる母親の生きざまの中に自分を探すストーリーである。

阿波の殿様 蜂須賀さまが今に残せし 阿波踊り~♪

笹山通れば笹ばかり 猪 豆喰うて ホウイ ホイ ホイ~♪

笛や太鼓の よしこのばやし踊りつきせぬ 阿波の夜~♪

踊る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃ 損々!

エライヤッチャ、エライヤッチャ、ヨイ ヨイ ヨイ ヨーイ!

真夏の徳島 眉山の下の町が舞台になっており、「献体」について少し考えさせられたが全体に読みやすい作品であった。

布施行

昼休みに図書館でみつけた言葉

無財の七施

眼施→優しい眼差しで人に接す

和顔悦色施→いつもやさしい顔をして微笑をたやさず人に接す

言辞施→正しい丁寧な言葉 いたわりの言葉 愛情ある言葉

身施→礼儀正しく

心施→人を思いやる心

床座施→他人に席を譲ってあげる

房舎施→人を家に泊めてあげる

どれだけできているか、常にそうありたいと願うが・・・・・・

エ・アロール

「エ・アロール それがどうしたの」 渡辺淳一著を昨日図書館から借りて読み始めた。

愛知県の友人がブログで本紹介してる文章にひかれてである。

まだ全部読んでないが非常に読みやすく第二の人生の生き様が小説で紹介されている。仏語 エ・アロールの日本語訳が 「それがどうしたの」であるとの事。物事についてそれがどうしたのとの考えた上で対応したらもっと新しい発想がでるかもしれないと思う。

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