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校宝「至誠旗」

今年も近畿圏に住んでる卒業生が約150人集まって、同窓会総会が天満橋のOMMビルの20階にある東天紅で開かれました。

徳島からは学校長や至誠会会長、同窓会事務局担当の先生、吉野川市長(同校卒業生)が来賓として参加し、和やかな中 盛大に開かれました。Sp1230088_edited1

上の画像は近畿至誠会会長が旧制中学卒の大先輩を紹介してるところです。

大先輩は94歳とは思えない張りのある声で元気に挨拶をされておられました。

この先輩と近畿至誠会会長の右横に置いてある校旗の紹介を今回は少し詳しくさせてもらいます。

本物の校旗は校宝として学校にあり、東京至誠会と近畿至誠会にレプリカとして各1基づつ置かれています。

当時の校長が校旗を作ろうと企画し、小屋平の三木家(阿波忌部氏の直系)からあらたえの寄贈を受けました。

あたらえ(麻の織物で大麻から栽培)は三木家が古代から朝廷に貢進 しており、最近では大正、昭和、平成の天皇が即位後、初めて行う践祚大嘗祭で麁服神服(あらたえかむみそ)として用いられ、神祇官に調製・供納しております。

このあらたえに同郷出身の漢学者山田立夫氏(国学院教授)を介し、聖将東郷平八郎元帥に懇請し、昭和7年に「至誠無息」の四文字の揮毫を得ました。

このようないきさつで出来上がった校旗ですから、入学式では必ず校長が新入生に校訓の「至誠無息」の話をしています。

私も遠い昔にこの話聞いており、今回整理してここに書かせてもらいました。

昆虫館とえべっさん

散歩コースのひとつに関西屈指の渡り鳥のメッカ昆陽池公園があります。その中に伊丹市の昆虫館があり行ってきました。Sp1100078_edited1

休日ということで大勢の子供連れの人達が見にいってます。昆虫の生態展示や特別展示室(伊丹で見られる昆虫から世界各国の昆虫の展示)や映像ホールがあり、また広さ600㎡のチョウ温室が目玉です。Sp1100112_edited1

1年中約14種類1000匹のチョウが放たれているとのことです。写真を写してると汗が出るので薄着になったんですよ。Sp1100134_edited1

中の温度は18度以上でおよそ半数のチョウは沖縄地方がふるさとのチョウでそのほかは伊丹にも生息する身近なチョウでした。Sp1100178_edited1

今日は約30年我家で恒例になっている商売繁盛の神さま「えべっさん」の総本社として知られる西宮神社の、のこり福をもらいに行ってきました。Sp1110221_edited1

ここは毎年十日戎の行事として、早朝の参拝一番乗りを目指して本殿に向かって走る神事「福男選び」が有名で参加した人が全力で走る姿がテレビニュースで流れます。

今年も約6000人の頂点の「福男」が今朝の新聞で紹介をされていました。22歳の大阪体育大学生で陸上部員、百メートルのベストタイムが11秒02の俊足だとか・・・Sp1110231_edited1

本殿で参拝を済ませ、いつもの巨大マクロです。Sp1110235_edited1

福娘さんから福笹を受けます。Sp1110241_edited1

両側に露天が並ぶ中を境内を散策。Sp1110245

これもここ数年毎年のことになりますが、おさるさんの芸を見ます。Sp1110262_edited1

今年もいい1年になるように神さまにお願いしました。

初日の出

あけましておめでとうございます。

ここ1ヶ月ブログの更新が少なくなってるが、皆さんに訪問してもらい、またコメントを頂いて大変感謝しています。

これからもボチボチとブログの更新をしていきたいと考えていますので、今年も今まで通りよろしくお願いします。Sp1010097_edited1                                  

元旦の東の空は雲が覆っていましたがその切れ間から日が射してくれた光景です。

全国的に厳しい冷え込みになっていますね。

風邪など引かぬように気をつけて欲しいと思います。

年末は関東から帰省してきた息子とふたりで、私の実家(徳島)に里帰りをしてきたので、見てきたものをここで紹介します。Spc300063_edited1

昨年帰省した時、両親が子犬を飼い始め両手の上に乗るくらいの大きさだった「ハチ」君がたくましく成長して迎えてくれました。

犬の成長は早いが、じゃれついてきて可愛いかった。Spc300070_edited1_2

忌部(いんべ)神社は天日鷲命(あめのひわしのみこと)が御祭神でこの天日鷲命は穀麻を植え製紙、製麻、紡織の諸業を創始、特に天照大神が天の岩戸にお隠れになった時、白和幣をつくり神々と祈られ、天の岩戸を開けるのに大きな功績があったとされている。その後、忌部と称し国家祭祀の礼典を司り、阿波の国に下っても代々朝廷にあらたえ御衣を献上している。

かっては麻植(おえ)郡(今は吉野川市)にあったが今は徳島市内の眉山(びざん)のふもとに社がある。Spc290015_edited1

JRの徳島駅から眉山(びざん)に向かう大通りの右側の山裾が寺町となっている。Spc290012_edited1

その寺町の一角に「モラエス翁」の墓がある。

モラエスは1854年にポルトガルのリスボンに生まれ1899年に神戸及び大阪駐在の初代領事となる。

1913年にその職を辞して亡妻ヨネの故郷の徳島に住み、ヨネの姪コハルと共に純日本的生活を送る中、当時の日本を正しく海外に紹介したことで知られている。Spc300020_edited1

四国霊場7番札所、十楽寺の愛染明王Spc300034_edited1

四国霊場8番札所、熊谷寺の本堂屋根の鬼瓦

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